絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
--年 --月 --日 (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006年 07月 03日 (月)

 僕は”人間”が好きではない。とはいっても、周りは嫌いな人ばっかだからという意味ではない。人間は私利私欲を追求して争いあう。結果的にみんな不幸になる。なんて愚かな生き物なんだ!といった類の話でもない。

 正確には僕は人間という生物的なシステムがあまりいいものとは思えない。どこがって?

1.時間の経過とともにだんだん酸化し、最後は機能停止する。
 
だんだん老いていくって・・・どうせならだんだん身体能力が上がって最高潮のときに死を迎えるようにして欲しいw年を重ねることがもっとポジティブになるから。さらに、今の時間の感覚で寿命が1000年くらいなら、あまり後悔もしなくなりそう。10年くらい無駄にしても痛くないって。1000年がデフォなら時間感覚変わるかもしんないけど。

2.満たされない欲望
 
手に入らないモノも欲しくなる。そして、苦悩する。欲が満たされても、飽きてくる。欲望は生きる原動力だけど、扱いが難しい。欠落を埋めるイメージなんだよね、マイナスを0にするような。そうじゃなく0をプラスにするほうが幸せじゃない?(←これは一般論でなく僕の感性か)ともかく欲望不充足で不満って不安定なシステムだと思うな。

3.生きるためにコストがかかり過ぎる。(とくに食は・・・)
 
原始時代、人はただ生きるために必死だった。衣住食を手作りするのに毎日追われてた。文明がある現代、多くの人はやっぱり生活費を稼ぐのは大変だ。(例外の人もいますが)植物みたいに光合成でエネルギーを作れて、気温に影響されなかったらこんなに苦労しなくても生きれそう。たくさん自由時間があってね。あと、食物連鎖で栄養を摂らなきゃいけないのは人間の”命の大切さ”の観念を危うくしてる。だって他の生物も生きてるんだよ?動物殺さなくても植物だって生きてるよ?動物>植物だという考えは人間のフィクションでしょう。そこはうまく嘘をついてくしかない。
 
 ここまで言っちゃうと人間どうこうじゃなく、地球の生物生存の仕組みからの話になるな。僕はそこまで好きじゃないのか。

 「世界がこうなればいいのに」より、さらにさかのぼって「人間がこうなれば良いのに」というのは考える人少ないかな・・・・と思ってたら人間同一性障害(リンク先:「考えすぎ」内記事『同一性障害』)という言葉で面白い観点から人間に生まれた違和感について語っている方がいた。

 このエントリー、人間を悲観視する意図じゃないよ。人間の構造的欠陥(僕の価値観で)を把握することは生きるヒントになると思うから。
2006年 05月 29日 (月)

 昼の某情報番組で杉村議員がブログに自殺について書き込んだ内容が代ゼミの吉野講師の著書の盗作ではないかという件のニュースをやっていたときに

コメンテイターのテリー伊藤が
「かるがるしく自殺とか言うな!」
とかいうような主旨のことを言っていた。

 僕はこの発言にムッとした。
「かるがるしく生きろとか言うな」直情的に思った。

 テリー伊藤さんは放送作家として、成功しているし、もちろん苦労されていることや悩むこともあるだろうけど、今の人生認識として「今後も生き続けること」が自明で、「自殺する」って選択肢は論外なんだろう。
 もちろん、下積み時代など今よりもっと苦労して人生を嘆いた時期もあっただろう。でも真剣に自殺を考えている人と同じ人生認識に立って考えたことはあるのだろうか?
 
 これは一般的ではなく、僕が想定する特定のケースだけど、自殺を真剣に考えてる人と自殺を安易に止める人の間に、自殺志願者の人生認識について差があるんじゃないだろうか。
 自殺志願者が人生を地獄だと考えていて、自殺を安易に止める人が自殺志願者を戦後の日本のようだと思っていて。自殺志願者がこれから先に焦熱地獄や阿鼻地獄の世界のようなを想像しているけど、止める人は今は戦後の焼け野原だけどこれから復興して明るくなるイメージを持っている。ここら辺の認識が食い違わない?絶望している自殺志願者の未来が戦後の日本復興、経済成長みたいになる保証はどこにある?
(戦後の日本の経済成長が本当に明るいかは別。そう想定したたとえ話)

 テリー伊藤の発言を先の特定ケースに勝手にあてはめて反感を持ったが、少し頭を冷やして考えるとテリー伊藤がどういうケースを想定して喋ったか分からない。もしかしたら杉村議員特定の話かもしれないし、本気で自殺について考えてない人が対象かもしれない。
(僕は自殺したくてそれを表現した人全般だと解釈したが)
 さらに、僕はテリー伊藤にどういう思想の背景があるのか知らない。彼の著作や今までの発言をもっと知れば納得できるかもしれない。

 ということでこの発言の是非を保留したら、その後僕の思考回路は
「もし身の回りに自殺志願者がいたらなんて言えばいいだろうか」
というテーマに移っていった・・・・・
copyright (C) 絶望からスタートするブログ all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。