絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
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2006年 06月 18日 (日)

  非常に興味が沸く記事「世界をどう認識するか」(リンク先:「中庸が目標」)を読んだ。この記事にコメントしようとすると考えをまとめるのに時間がかかるし、かなりの長文になってしまう・・・なのでトラックバックという手段を採らせていただくことにした。ただ、気持ちだけはすぐにでもコメントしたかったので「トラバ予告」なるコメントをした。我ながら、早急なコメントだったと思う。(しなくてもよかった!)

トラバした以上リンク先の文章に触れるのが筋かもしれないがブロガーさんのプロフ文
>別の人の考え方「自分はこう考える」とかを教えてもらえると、
比較できて面白いと思います。
にあやかり、自分の考えだけを述べる。もちろんそのことでリンク先の文章と関連も生じてくる。(触れると死ぬほど長文になる危険性を危惧してw)

注:これから僕の脳内日本語で喋るので意味不明かもしれませんw

これは「世界をどう認識すれば自分にとって有益か」の現時点での結論である。

 
 僕が自覚的に世界を認識するとき、いきなり結論を言うと「認識コスト」「利便性」を追求した「認識システム」を作ろうとする。これらの言葉は僕の造語だ。僕はこれらを曖昧に定義している。まずこの考え方自体が「認識システム」と言え、厳密に定義しようとすると「認識コスト」がかかるからだ。
 僕が定義した言葉を説明なしに使うと読まれた方は意味が分からないだろうwしかし、これから言葉を使った文章を読んで文脈から、僕がどう曖昧に定義しているか分かる、と思う。英語で知らない単語が出てきても、何回も目にすると文脈からどう使われているか分かるように。そしてこの文章を最後まで読むと上の「認識システム」を記述したパラグラフも読む前より意味が分かる、ことを願う。
 
 いきなり例。たとえばワールドカップを認識しようとするとき、認識する人の目的によってどう認識すればいいか変わる。経済学者がW杯の経済的影響を考察する場合「経済学」を使って、経済的に認識する。この場合の目的は「経済的影響を正確に認識すること」だろう。W杯を応援する心理を分析する場合、「心理学」「精神医学」を使って「W杯を応援する心理を把握すること」が目的だ。どの程度正確に把握すればいいかも違う。心理学者が学会に発表する場合は学問のルールに従って、正確に認識しなければいけない。でも学生が授業で発表する場合は、学者ほどの厳密さ、正確さは求められない。バイトやら遊びやら他にやりたいこともあるし、そこまで時間をかけてられない。自分のブログで趣味「W杯を応援する心理」を発表する場合には、完全に自分の裁量で書く。

 特殊な人の例を出してきたがもっと一般な場合。普段サッカーを観ないミーハーなファ
ンは恐らく日本戦を「日本代表が世界と戦うドラマ」として認識していると思われる。この場合、難しいサッカーの戦術論をわざわざ勉強しない。必要な知識は日本代表のメンバーがどういう人なのか、日本が予選を突破するためには勝ち点がどのくらいあればいいかとかだ。目的は「ドラマとして楽しむこと」といえる。つまり、目的によって「認識システム」が変わる。ここまでの「認識システム」とは経済学や心理学からW杯を認識するために必要な枠組みを取り出したものだったり、心理学からだったり。ドラマとしての「味方・敵を分け、味方がどうやって敵に勝つかの世界観」も「認識システム」とする。
 
 「認識システム」では「認識コスト」も重要になる。「サッカーをスポーツとして戦術・プレーなどを楽しむ」のが目的の場合、スポーツ雑誌の各国の戦術について書いた記事は必要なものとなる。でも難しいサッカーの戦術書を読むのはそれだけで疲れる。これは「認識システム」を構築する「認識コスト」がかかると表現する。その難しい本を読んだところでサッカーの試合を観たとき、うまく使えなければ「戦術を楽しむ」目的は果たせない。「この守備の配置の仕方は・・・」と戦術論を思い出してるうちに、局面が変わったり、戦術書とにらめっこしてサッカーを観ていたら「戦術を楽しむ」目的が本末転倒だ。これは「認識システム」を運用するのに時間がかかりすぎる。この場合「認識システム」自体の「認識コスト」がかかると表現する。

 「認識システム」の「利便性」について。サッカーをやってる人がW杯から勉強しようとこういう局面にこういうパスを出せばいい、というメモを100パターン書いた。これはW杯から勉強して自分がサッカーをするときの「認識システム」を改善しようとした。でも、メモを取った人が実際試合でパスを出すとき、100パターンのどれが適応されるか、いちいち思い出して判断できない。そのメモは役に立たなかった。これは「認識システム」に「利便性」がなかったと表現する。

 そして「認識システム」は運用を通じて更新されうるもの。「サッカーの戦術を楽しむ」目的を持つ人が最初「フォーメーションと選手の動き」で試合をみようとしたが、選手の配置を把握できず、試合を楽しめない。「スペースとパス」という戦術の視点から観たら楽しめた。これは前者より後者の「認識システム」のほうが「認識コスト」と「利便性」の観点からいいと考
え、「認識システム」が更新された、と表現する。

僕の「認識システム」運用の流れをまとめると

1.世界の目的を設定 / 理解する。
2.目的に適合した「認識システム」をつくる
2'.「認識システム」で志向する基準は「認識コスト」と「利便性」
3「認識システム」を運用し、先の基準から評価する
4.評価から2に戻り、必要に応じて再構築。
5.2~4の過程で1.の再検証

「認識コスト」:「認識システム」を構築するコストと運用するコスト
「利便性」:「認識システム」の運用しやすさ。運用する「認識コスト」の領域とかぶる


1.で「設定/理解」としたのは、多くの人にとってW杯は自由に認識すればいい対象だけど、会社の営業成績や学校の偏差値を上げることは「目的」としてほぼ強制されている。これは、自分で「設定」ではなく「理解」になる。もちろん両者は明確に分けられない。

 これの実例を僕の頭の悪い失敗談から話す。僕が受験生時代「認識システム」のような考え方はなくて「数学」を”公式の深い理解をする””オリジナルの方法論を編み出す”の2つを主に志向して勉強していた。公式を定理から証明しなければ気が済まなかったし、人から得た解法でなく自分で考えるのが偉いと思ってた(なぜか)。 
 僕は「受験数学」の勉強をするとき、成績を上げることを意識していたが、”オリジナルの方法論を編み出す”ことが目的になっていた。僕の中で仮説があった。受験数学の問題は必ず「問い」から「答え」を導き出せる。これはつまり「問い」の情報を式操作や公式によって「答え」の情報に変換しているのだ!だから、受験数学の公式の体系や式操作の方式をすべて把握すれば、その全体像から「問い」と「答え」を見た瞬間繋ぐ過程を想像できる。こんな頭の悪いことを考え、問題を解くといった通常の「受験勉強」はせずに高校数学の公式をどの定理からどの定理になっているかというような全体像の体系をつくった。これは”公式の深い理解をする”目的も満たせる。この作業に数ヶ月を要した。これは数学の問題を解く「認識システム」を構築する「認識コスト」が膨大だということだ。そして、自分なりの全体像ができて喜んでいたが、全体像から問題を解こうとするとき愕然とした。まったく役に立たない。数学の問題を解く手続きは思ったより複雑だった。これは僕の作った「認識システム」は「利便性」がなかったということだ。

 もし、高校入学時にタイムスリップできるならもっと成績上げれたと思う(誰でもそうだ)まず、「成績を上げる」つまり「解ける問題の範囲を増やす」と目的を明確にすべきだった。そして数学の問題を解く「認識システム」は自分で作らなくとも予備校講師や参考書から良質のものをインストールすれば良かった。そのほうが「認識システム」をつくる「認識コスト」を抑えられるから。そして、問題を沢山解きながら、解法を自分が使い易く整理された(「利便性」の追求)「認識システム」にストックしていく。そして、入手しやすい「認識システム」、つまり「問題から適切な解法を選ぶ枠組み」をあらゆるところから吸収しながら、カスタマイズしていく(「認識システムの更新」)こういう感じで勉強していれば、僕が入る大学の偏差値も上がったはずだ。

 ここまで「認識システム」という言葉をかなり荒っぽく扱ってきた。あえて曖昧に定義した理由はこの文章の最初の方に書いてある。
 そして、日常生活全部でこの考え方を使っていない。日常会話をうまくしたいと思って「うまく話すための100のルール」という本を買っても会話するときに「100のルール」を思い出して使いこなせるとは思わない(「利便性」がない)この考え方のお世話になるのは自覚的に世界を認識する必要があるときだ。

 あとこういう考え方は哲学の「プラグマティズム」と近いと思ったり・・・
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Comment
この記事へのコメント
[ソフトウェア開発に似ている?]
とても興味深く読ませていただきました。このエントリーを読んでいて、「あ、これはソフトウェア開発に似てるな」と思いました。

ここで近年提唱されているソフトウェア開発のフローを書いてみたいと思います。僕は業界の人間ではないので現実は知りませんが、少なくとも数年前には雑誌等で紹介されていた手法です。

1. ソフトウェア開発の目的を設定する
2. 目的が達成されるまで以下の作業を繰り返す
2.1 ソフトウェアを作成する
2.2 ソフトウェアを運用する
2.3 ソフトウェアを評価する
作業終了

これはインクリメント方式とかスパイラル方式と呼ばれる開発方式で、[作成->運用->評価]の作業を繰り返し行うことが特徴です。これに対し、目的の設定->作成->運用(->評価)と一回だけ、一気に開発してしまう方式をウォーターフォール方式と呼んだりします。スパイラル方式では運用したソフトウェアの評価を考慮してソフトウェアの再作成(バージョンアップ)できることが利点です。ウォーターフォール方式ではこのような再作成はできません。

上のフローでのソフトウェアを認識システムと読み替えると、ぶらうざさんのおっしゃることに対応するのかなと思います。達成したい目的によって開発すべきソフトウェア(=認識システム)が変わると見ることができます。また評価の部分で言えば、ソフトウェアの開発にどれだけコストがかかるかを認識コストと、開発したソフトウェアが使えるか(導入の効果はどれだけ?)というのを利便性と読み替えることもできます。

もっともここまでの話は、ぶらうざさんのエントリーについてとソフトウェア開発の現状についての両方を僕が正しく理解できたという条件が必要ですが。理解できていないところを指摘していただけると勉強になります。
2006/ 06/ 19 (月) 22: 18: 25 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
[似てますね! なぜ?]
komatsunaさん、興味深い着眼点ですね。確かに似てます。若干補足すると、「認識コスト」は構築するコストと運用するコストを考えてて、”ソフトウェアの開発にどれだけコストがかかるか”というのは構築コストですが、ソフトが重いか軽いか、メモリ消費とかが運用コストと捉えてもらえるといいでしょう。(これは「利便性」とかぶる)

なぜ似てるかちょっと調べてみました。ウィキペディア「認知科学」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E7%A7%91%E5%AD%A6)より「情報処理の観点から知的システムと知能の性質を理解しようとする研究分野。」という記述、またこのリンク先「認知心理学」より「認知心理学による研究成果に基づき広く、コンピューターの処理モデルを構築することやそれを用いて人の認知モデルの再検証すること等も含むこと」つまり僕が曖昧に「認識システム」と定義しているものが脳というハードにインストールされた「認知」のためのソフトウェアと言えるかもしれません。違いと言えば(オフラインで使う)ソフトウェア内で情報処理の過程をすべてカバーしなければいけませんが、人間は資料を参考にしながら認識することができます。日本人のOSは日本語かな??

この視点で大学受験を捉えると、入試では持ち込み不可なので受験競争は問題を解くソフトウェア開発競争と言えます。ソフトウェア開発で1度書いたプログラムは消えませんが、人間の場合、使われないとどんどん忘れていくのでしょう。ですから問題を解くプログラムが汎用的で効率的なほうがいいはずです。問題を解きながらソフトウェアの[作成->運用->評価]を行い、ソフトウェアを更新、維持していくのでしょう。脳のハードの性能と実用性があるソフトがあり、情報処理能力が優れている人の偏差値が高いのでしょう。

受験に対する個人的意見は、長期間でソフト開発を科すわけですから受験のみだけでなく、汎用性の高いソフトを開発されるようにすべきだと思います。

あと(認識に関わらず)頭の良さってある目的においての脳にインストールされたソフトウェアの性能かもしれません。脳のハードが悪くても軽く、良質なソフトを入れればある目的において能力が発揮されるでしょう。

ともかく、komatsunaさんのコメントいろいろ考えるきっかけになりました。プログラミングの勉強初歩で投げ出したけどやり直そうかな?
2006/ 06/ 20 (火) 00: 28: 20 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[似てましたか、よかった]
>若干補足すると、「認識コスト」は構築するコストと運用するコストを考えてて

なるほど、運用するコストは書いていませんでした。なるほどなるほど。性質の違う2つのコストが発生する、というわけですな。ここだけ見ると、企業が設備投資する際に考える「初期投資コスト+運用コスト」という考え方になるのかな。

> ともかく、komatsunaさんのコメントいろいろ考えるきっかけになりました。

こちらも考えるきっかけになりました。ありがとうございます。余談ですが、この話題を1つのエントリーにまとめてしまうにはもったいない位のトピックが詰め込まれている気がします。さらに突っ込んで考えていくとちょっとした視点が開ける気がします。
2006/ 06/ 21 (水) 23: 25: 24 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
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