絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
--年 --月 --日 (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006年 06月 10日 (土)

 できることなら、なるべく苦しまずに生きてたいものだ。無駄に苦しんでた記憶があるし。嫌々やってた習い事、やんなくても良かったような。今になっても別に役にたってない。

 無駄に苦しんだ気がしたから、意味のない苦行を避けてる。その発想の延長かなんなのか行動のハードルが高くなってる、苦しさ・不快を基準としたハードル。要は、苦しいから面倒だからやりたくないってよく思う。会社に入ったら通用しないよ?そうだね。

「苦しいことを頑張った後に本当の幸せがある」

 そういう言葉を信じていない。「苦しむ」プロセスを経由しなきゃいけないゴールが沢山あって、結果的にそうなることが多くても「苦しむ」と「本当の幸せ」が絶対的な因果関係じゃない。そりゃあ、サウナいっぱい入ったあとビール飲んだらうまいかもしれないよ。でも、スポーツ観戦しながらビール飲んでもやっぱりうまいと思うよ。
 むしろ、「苦しむ」プロセスを通らざるえないことの言い訳に感じる。生きるために「苦しむ」プロセスをいっぱい強要されること、あまり褒められないシステムじゃないの?

 僕は好き好んで苦しみたくないよ。マゾじゃないから。だけど苦しいから面倒だからやりたくないってよく思う状態は良くない。行動の選択肢を狭めてる気がして。すぐハードルを越えるのが面倒で頓挫するから。「苦しみ」を拒まなければ人工的なストーリーがやりやすいはず。
 そのために積極的に苦しむくらいの気持ちで。

 だけど、先の「苦しいことを頑張った後に本当の幸せがある」とは違うよ。「楽しいことを頑張った後に楽しみがある」ほうがいいし、理論的には可能でしょ?現実的には楽して生きたいと願っても、子煩悩な大富豪の息子とかでないと厳しいけど。仕方なくこうする。僕も前に踏み出すと「苦しさ」が溢れてる世界にいるから。そこで前に進むためにね。

 そうやって「苦しみ」を受け入れて、報われることを信じるよ。まるで天国に行きたいがため
に教義を遵守するみたいに。天国に行ける保証はない。だけど、最終的に幻想を追いかけて苦しんだほうが無為に苦しいよりいいって考えだから。




スポンサーサイト
Comment
この記事へのコメント
[苦しみに対する態度]
どうも、ぶらうざさん。
有言実行ってことでコメントしたいと思います。
ちなみにぶらうざさんのような深い内容のコメント(思わず考えさせられる有益なコメント)を目指したいのですが、たぶん、たんなる感想文のようになってしまうと思いますがその点お許しください。

> 僕は好き好んで苦しみたくないよ。マゾじゃないから。だけど苦しいから面倒だからやりたくないってよく思う状態は良くない。行動の選択肢を狭めてる気がして。すぐハードルを越えるのが面倒で頓挫するから。「苦しみ」を拒まなければ人工的なストーリーがやりやすいはず。
> そのために積極的に苦しむくらいの気持ちで。

たしかに行動の選択肢の問題って大きいと思いますね。とにかく選択肢がまずあって、その優先順位を決めてしまえば行動を起こしやすいですから。行動するためのハードルを低くするためにはあえて積極的に苦しむことって必要なのかもって思いました。
それに苦しみって幸せには直結しないけど、必ず経験値アップに貢献すると思うんです。
それと、苦しみって考えるきっかけを与えてくれると思います。快楽的幸福ってどこかで思考停止してると思うんです。
結局は苦しみに対する態度や構えをどうするかという問題なのかなぁと思いました。
2006/ 06/ 10 (土) 21: 52: 45 | URL | 三太郎 # -[ 編集 ]
[有言実行ですね]
 こんにちは。

>有言実行ってことでコメントしたいと思います。
 
 本当に早速のコメントありがとうございます。

>結局は苦しみに対する態度や構えをどうするかという問題~

 そうなんですよね。記事では途中で批判を入れたりしてるので焦点が分かり
にくくなってるかもしれませんが。

>たしかに行動の選択肢の問題って大きいと思いますね。とにかく選択肢がまずあって、
その優先順位を決めてしまえば行動を起こしやすいですから。行動するためのハードルを
低くするためにはあえて積極的に苦しむことって必要なのかもって思いました。

 ここが核心部分ですね。記事の主な意図はまさに「行動するためのハードル
を低くするためにはあえて積極的に苦しむことって必要」なんですよ。

 ただ僕は記事内にも書いてるように
「苦しいことを頑張った後に本当の幸せがある」
って考えにアレルギーがあるので

>それに苦しみって幸せには直結しないけど、必ず経験値アップに貢献すると思うんです。
それと、苦しみって考えるきっかけを与えてくれると思います。

 というような「苦しみ」自体の肯定的な見方がなかなかできないんです。
できた方が有利な部分もあると思いますが。だからあくまでハードルを下げる
ためなんだけど、ハードルを下げることを最重視すると結果的に積極的に
「苦しみ」受け入れることになる・・・そんな微妙な立ち位置です。
2006/ 06/ 10 (土) 22: 48: 44 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[]
またまた的外れなコメントだったらゴメンナサイ。
苦しみも快楽も自分の脳が作り出すものだと思うんですよ。「苦しみ」とか「快楽」という客観的な事実があるわけではなくて。

「苦しい」と自分が思うとき、自分が好き好んで苦しんでるんだな、と思います。だからといって何の解決にもなってないですが・・・
2006/ 06/ 10 (土) 23: 42: 48 | URL | necox # B4pvQVOw[ 編集 ]
[苦しむ要因]
>苦しみも快楽も自分の脳が作り出すものだと思うんですよ。
「苦しみ」とか「快楽」という客観的な事実があるわけではなくて。

 究極的にはその通りです。「苦しみ」とか「快楽」とか客観的な事実があるわけでなく
脳が作り出してるだけだと。でも、脳が作り出す感情は自分を取り巻く環境によって、
影響を受ける部分もあると思います。

 話を整理するために、苦しさを感じる場面を「感情を発生させる状況」と「それに対し
て感情を作り出す脳」の2つに分けてみます。
 具体的に言えば、人前でスピーチする機会があったとします。この「状況」は同じでも、
「作り出す脳」は人によって違いますよね。人前のスピーチを楽しんで、快楽だと感じる
人もいれば、緊張して苦痛だと感じる人もいる。
 場面にあまり関係なく発生する感情もありますが、僕はわりと解決できる領域ですね。

 それで、苦しさを感じる場面が嫌ならアプローチは大きく分けて2つです。スピーチを
しなくていいように「状況」を変えるか、スピーチが楽しめるように「脳」を変えるか。
「状況」より「脳」を変える方が自分でコントロールしやすい。やらせかもしれませんが、
TVで芸能人が催眠術で嫌いな物を食べれるようになるやつって「脳」を変える例ですね。

 ただ、これは僕限定の話ですけど「脳」をコントロールすることに限界を感じてるんで
すよ。楽しいって言い聞かせても受験勉強は完全に快楽にならない。きついバイトは苦痛。
無理に「快楽」を感じさせようと自己洗脳してもそれが逆に負担になったり。僕の場合で
は好き好まなくても「苦しい」と思うときはありますね。人によってこの辺りは違うんで
しょうが。

 だから、「脳」へのアプローチも有効な限りするんだけど、「状況」へのアプローチも
必要になる。僕の現状では、最終的に「脳が作り出す感情」がプラスになる人生をつくる
ために、当面「脳」が「苦しみ」を感じることに積極的になってもいいから(これは感情
は操作しないけど、快楽を求める姿勢は変えるので広義に「脳」へのアプローチかも)
「状況」を変えることを最優先した方が実践的かなと思ったんですね。結果「状況」が変
えられなくても。

 話がややこしくなってきたので、また具体例を。
 僕が過重労働で、嫌な上司で人間関係もうまくいかない苦痛な職場「状況」だったとし
ますよね?「脳」を変えて、こんな職場でも毎日楽しく生きようというのは自分の場合、
難しい。だから、苦痛を覚悟して5年後でも10年後でも転職とか独立を虎視眈々と目指
していく。もしかしたらその努力は実らないかもしれません。いつか理想とまでいかなく
ても納得できる(耐え切れる)職場で働けるというのは幻想で、同じ職場にずっといるし
かないかもしれません。
 それでもその幻想を目指して、苦痛でもなんでも受け入れようと。実現できなくても、
どっちにしろ苦痛なら幻想を目指してた方がいいやと。そういうイメージです。
 
 もちろん苦しみも快楽も自分の脳が作り出すものっていうのは紛れもない事実なので、
これを積極的に利用して新しい世界が開ける人もいるでしょうね。でも、「なんでもでき
るだけ楽しくやろう」とする背景に「楽しむべき」って考えがあって、僕の場合そこに囚
われて、行動の選択肢が狭まってる気がしたんですね。そこを変えたいなと。
 「脳」を変えるのは「なんでも楽しもう計画」だけではないですが・・・
2006/ 06/ 11 (日) 02: 08: 34 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[苦しむかどうかの臨界点]
やっと、ぶらうざさんの意図していたことが分かってきた気がします。苦痛を受け入れる覚悟を書いたものだったのですね、かなり的はずれですみませんでした。

いろいろ考えさせられますね。。。。。最近、「思いこみ」が世界を作るような気がしていて、ぶらうざさんが上のコメントで「状況」という言葉で表現なさっているものもやはり脳が作ったものだと思えてしまうんです。

たとえば、私にとって幼稚園は嫌な先生で人間関係もうまくいかない苦痛な「状況」だったわけだけど、他の幼稚園児にとっては楽しい場所だったのかもしれない。
学生時代も就職してからも、毎日が苦痛でしたけど、それは自分から積極的に(好きこのんで)苦しんでいたような気がしています。生息場所(状況)を変えたところで、やはり私は「苦」のほうを強く感じたのじゃないかな。。。

「あるプロセスを経由しなきゃいけないゴールがある」として、そのプロセスが苦か楽かは、自分の心が決めるものなのだと思います。(私がプロセスを自分で苦と決めつけるタイプなので、自分に言うかのように、きつい言い方になってしまうことをお許しください。)「苦しい」って思いこんで、そう言葉にした時点で事実「苦しい」状況になるというか。

だから、積極的に苦しもうって思ったら、実際はそうでもない場面でも本当に苦しくなっちゃうんじゃ?と思ったのでした。ただ、「楽しい」って言い聞かせて単純に楽しくなるわけじゃないし、、、、今もなんとかいい方法が見つからないかともがいています。

確かにある一定の苦しみは誰しも通らないといけないから、苦しみへの耐性がつくことに越したことはないんですよね。。。でも、生きるのが嫌だ思考に陥ってない人を見ると、「苦しい」と思うレベルが違うというか、私が苦しい、って思うことを全然苦にしていないことが分かって、なんだかバカらしくなるのです。
2006/ 06/ 11 (日) 03: 30: 32 | URL | necox # B4pvQVOw[ 編集 ]
[苦しみの先にあるもの]
>~「状況」という言葉で表現なさっているものもやはり脳が作った~
 
 それも真理でしょうね。でも「思い込みの世界」もゼロからつくるんじゃなくて、素材
(例えば幼稚園とか環境)から出来てる。素材によっては肯定的な世界観を創りにくくな
らないでしょうか。だからなるべくいい素材のほうがいいかな。

>「苦しい」って思いこんで、そう言葉にした時点で事実「苦しい」状況になるというか。
>だから、積極的に苦しもうって思ったら、実際はそうでもない場面でも本当に苦しく
なっちゃうんじゃ?

 necoxさんはこれまで自覚的に苦しいと感じてきたようで、僕は「楽しい」と言い聞かせ
てうまくいかなかった。この辺り事情が違うので、現状の打開策も違うかもしれません。

「積極的に苦しむ」とあえて奇をてらったタイトルつけて意味が分かりにくくなってるので
丁寧に言うと「目標のための行動の選択肢を広げるために苦しいことも積極的に取り組む」
という感じですね。、
 正直僕も正しいかどうか分からないですよ。これから試すので。嫌になってギブアップ
する可能性もありますwただの「苦しみ」じゃなくてその先にある理想を想像ことも結構
ポイントかな、と思います。

>でも、生きるのが嫌だ思考に陥ってない人を見ると、「苦しい」と思うレベルが違うというか

 それは僕も似た経験あります。これはnecoxさんの経験に当てはまらないかもしれない
けど同じ生息場所でも、人格によって他人とのコミュニケーションが違ったりするから実
は体験してる内容が自分とまったく別物になってる可能性は大きいと思いますね。
 もちろん「苦しい」と思うレベルも違うでしょうが。
2006/ 06/ 11 (日) 15: 14: 21 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[同じ道を逆に辿ってる?。。。いやそもそも別の道なんだろうけど]
> necoxさんはこれまで自覚的に苦しいと感じてきたようで、僕は「楽しい」と言い聞かせ
> てうまくいかなかった。この辺り事情が違うので、現状の打開策も違うかもしれません。

さすがぶらうざさん。うまくまとめていただけましたね。その事情の違いが微妙に噛み合わない理由なのでしょうね。

私は確かに自覚的に苦しいと思ってきました。
「苦しいことを頑張った後に本当の幸せがある」って思って、10代~20代前半までずっと、選択に迷ったときはわざと苦しい道や新しい道を選んできました。(一応その結果を書いておくと、確かに経験値は増えます。無駄であったとは全然思いません。でも、もともと不得意だと薄々分かって入った環境では成功体験を積むことは難しく、自己否定感情を刺激される場面が多くなり、心が折れました・・・一度折れた心はなかなか元に戻りません。。。)

だから今、私はまさに生きるのを「楽しい」と言い聞かせようと思ってるところなんです。文字通り「自己洗脳」をねらってます。これはぶらうざさんが歩んできた道でしょうか?この態度で陥りやすい罠とか、経験済みですか?もしそうでしたら、いつか時間があるときにでもシェアしていただけたら有り難いです。

いつも長文につきあっていただいてありがとうございます^^
2006/ 06/ 12 (月) 14: 33: 35 | URL | necox # B4pvQVOw[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL :
コメント :
パスワード :
秘密 : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 絶望からスタートするブログ all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。