絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
--年 --月 --日 (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006年 05月 26日 (金)

 僕はたぶん「空気を読む」ことが下手な部類の人間だろう。

 それでも中学時代よりはマシになった。 中学の頃は「空気を読む」という発想がまるでなかった。独創的な考えをすることがなにより大事で、みんなが共有している認識を意識せずに、ひたすら独自の世界観をつくることが大切だった。周りと会話が噛み合わないことも多かったし、俗にいう「天然」だとみんなに思われていたかもしれない。 
 さすがに、みんなの世界観との溝が深くなり、だんだん共通認識、つまり「常識」は何か?他の人はどう考えてるかを気にするようになった。だから、「空気を読む」能力があるとすれば、上がっているだろう。

 「空気を読む」人間が正しいとされ、「空気が読める人 読めない人」みたいな空気が読める人間になるハウツー本まで出版されてる(たぶん)ご時世だが、「空気が読める人間」は必ずしも正しいのだろうか?

 男尊女卑の社会で男女平等を訴えたことは空気の読めないことじゃないのか?

 権力者に従うのが当たり前の世界で民主化を訴えた人はかなり場を読めない人じゃない?

 人間が空を飛ぶことを不可能だと思われた時代に飛行機を発明しようと考えた人は「その時代の空気」を全然分かってない人じゃない?

 戦争に参加することがいいと信じられていた世間で「敵国だろうと人を殺したくない」って言った人は非国民ってレッテルを貼られるほど、死ぬほど空気が読めてない人になるよね?

 
 こういう極端な例を持ち出す僕も、若干卑怯だろう。
 「空気を読むこと」はいろんな次元・程度の話があるから。

 それでも、僕は表面上は周りの空気に合わせつつ、状況によって空気を変えつつも、
しっかりと自分の空気(世界観)を内包した人間になりたい。
スポンサーサイト
Comment
この記事へのコメント
[わかります!]
空気を読む、でうか~
強調性って大事ですけど、
自分を見失わない、っていうのは
もっと大事なことだと思います。

あっ、偉そうなこと言ってスイマセン。
2006/ 05/ 26 (金) 17: 42: 19 | URL | 芽萌 # nrASQ4u.[ 編集 ]
[コメントありがとうございます]
僕の文章では「空気を読む」って言葉に固執気味だけど
もっと一般的にはそういうことだと思います。

自分を見失わずいきたいものですね。
2006/ 05/ 26 (金) 19: 35: 12 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
コメントを投稿する
URL :
コメント :
パスワード :
秘密 : 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright (C) 絶望からスタートするブログ all rights reserved.
designed by polepole...

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。