絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
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2006年 05月 13日 (土)

 僕は、社会批判の文章を読むことが好き、だった。

 昔、社会(今から考えると定義が曖昧な概念だけれども)に不満を持っていた僕は、社会批判の文章を読んでカタルシスを得ていた。保守的な考えのバックボーンが精神論に依拠していることを暴露して論理的に分析して、批判する・・・・そのプロセスは、心のなかの鬱屈を文章を通じて晴らしてくれるかのようだった。痛快だった。宮台真司の本はバイブルになっていた。
 同ジャンルの邦楽も好きだった。音楽を通じて「社会」と戦ってる、そんな疑似体験を体感していた。

 しかし、あることに気づいてから、社会批判がテーマの本をぱったり読まなくなった。

「別にこの本読んでも、俺の人生変わんないじゃん」

 
社会についてマズイ点を分析して、どうすべきか提案する。その意見が正しいなら著者は素晴らしい。思想が広がれば、実践にいつか、いつか、繋がるはず・・・・

 だけど僕にとって切実な問題は、どうやって経済的に自立するかで、それらの本に答えはなかった。僕が読んできた本の受け売りの知識で、いくら論理的に正しく社会の矛盾点を指摘できようとも、お金がもらえるわけではなかった。

 思想を通じて「社会」と疑似格闘する、脳内思考で膨張した大きな自分から、この先どうやって食っていくか悩む小さな自分に変わっていった。

 小さな自分はとても無力で、解決への道筋すら定かではい。

 だけど、現実逃避はしたくない・・・・なるべく。


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