絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
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2006年 09月 13日 (水)

 「なぜボールは地面に落ちるのだろう?」

 重力があるから。

 「なんでブログっていうんだろう?」

 ウェブログの略。

 「なぜ勉強しないといけないんだろ?」

 いい大学→いい企業に入るため?
 教養を身につけるため?


 疑問があって、それを解決する答えがある?・・・ない場合もあるかもしれない。
 答えって理由や原因に近いのかな。
 でも、なにをもって答えとしているんだろう?

 「どうして英語を身につける必要があるの?」
 
 国際化の時代だから。
 
 「どうして国際化の時代になったの?」

 IT、移動手段の発達など文明が進化したから。

 「どうして文明が進化したの?」

 科学技術の発展によって。

 「どうして・・・・・」

 どうして・・・・はどこまでも続くかもしれない。それでも”答え”として思考をストップできるのはどうして?疑問、それに対する答えって何?言い換えると疑問答えという思考過程を分かりやすく説明すると?

 
なんとなくその疑問に対する答えのイメージはある。”疑問”で表されてる現象(事象)が不可解で、不透明で、認識しにくくて、”答え”はもっとはっきり見える形でそれを認識しやすく、はっきりと見える形にしたもの、”疑問”の現象の関係性を明確にしたもの・・・それは不可解な現象の原因を示すことで、それを関係性の中に収める、という感じはある。

 でも自分で言ってていまいちピンときてない。

 そもそも疑問、それに対する答えって何?という”疑問”自体が疑問答えという思考過程の中に組み込まれている。ということは?いや、だからどうとか全然言えない。

 説明できそうでできない。

 ちょっともどかしい。

 続き
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Comment
この記事へのコメント
[こんばんは。]
この前は、コメントしてくれて有難うございます。

疑問という物を僕なりに考えると、まず仮定とも言える漠然とした答えが出るのではないか?と考えます。それを例えば、目的や目標として捉え、そこへ向かっていく過程が方法論で、これこそが疑問の根底にあるのでは?と思います。
実は、疑問から答えが生まれるのでは無く。答えから疑問が生まれているのではないでしょうか?
文明を進歩させる為に、科学という疑問が必要だった。こういった感じですね。

この考え方が、ホントに正しいかは解りませんけどね(^^;
2006/ 09/ 15 (金) 00: 40: 14 | URL | ken # -[ 編集 ]
[]
kenさん、こんにちは。

自分には思いつかなかった見方ですね。

不思議だから~というよりは漠然と見えている”答えを”を導き出す推進力というか。確かに別に知っても知らなくてもいいことは疑問として考えない気がします。

別の話かも知れませんが、kenさんのブログを拝見させていただいて、kenさんが疑問形の記事を公開するとき、kenさんのなかである程度考えはできているけど、他の人の考えも聞いてみたいという意図を感じるのとこのコメントがリンクしました。
2006/ 09/ 18 (月) 00: 06: 41 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
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