絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
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2006年 10月 16日 (月)

 本記事の正式タイトルは「単純化した構図で考えることのメリットと弊害」のつもり。長ったらしいのでこれにしました。

 すっきり考える(シンプルな構図で考える)と分かりやすいし、心地いい。思考効率も上がる。たとえばよくありそうな以下の文章。


女性は感情的な生き物だ。
逆に男性は論理的な生き物だ。
だから、女性が男性に悩みを相談するとき
すれ違いが起こりやすい。
女性は悩みを聞いて欲しい。発散したい。
なのに男性は論理的な解決策を探ろうとする・・・・・


 だけど、この文章がどんな状況でも成り立つのか考えてみる。

 ”論理的””感情的”って全然違う概念だと分けられる?論理的に思考するのは、論理的であろうとした結果・・・・の場合もあるけど、感情的な想いからかもしれない。例えば、揉め事を第三者が当事者の言い分を論理的、客観的に考えようとしたとき。その背後にあるのは「中立的、フェアな判断をしよう」という感情の結果かもしれない。目標達成の道筋を論理的に考えるのは目標を達成したいという感情が背後にあるからでは?

 感情は非論理的なのか?もし、感情にある種のパターンや規則がある場合、論理に近い概念ともいえる。

 さらに、人間は論理的と感情的なタイプに二分できるか?時と場合によって使い分けてる。判断には論理、感情、両方の要素がないかな。上記の文章と逆の感情的な男性や論理的な女性のパターンはないと言える?・・・・・

 くどくどと書いたけど、まとめると

女性=感情的
男性=論理的

(悩み相談で)
  女性は感情的だから→悩みの発散を求める
  男性は論理的だから→解決策を探る

 という図式で実際の事柄が収まりきるのか?

 たぶん、単純な構図と実際の状況の乖離するポイントは、
 構図を「定義領域と関係」とすると・・・



  • 定義領域の設定の問題


この場合だと「論理的」「感情的」というのが定義領域。この設定の仕方が適切か?
つまり別個の概念だと扱っていいの?男性・女性という2分法もジェンダーのことを細かく考えると、怪しくなるかも。

  • 設定した定義に適用可能なのか(グレーゾーン)


「論理的」「感情的」の定義領域が適切だったとして、はっきりとどっちかに分類できるの?
右か左かで。真ん中の人は?グレーゾーンの問題ですね。

  • 定義領域間の関係


上記の2項目が適切だったとして、定義領域「女性」「男性」「論理的」「感情的」の関係性
女性=感情的
男性=論理的
  ↑ですね。この関係図式が正しいのか。ここでいう”正しい”と現実の状況との乖離の程度問題。少なければもちろんいい。


 上記の3項目がシンプルな構図で考えたときの、正確さを計るポイントなのかな。シンプルな構図で考えることが悪いと思ってるから書いてるわけじゃない。メリットもある。そのほうが思考が整理され、短略化される。その分、正確さが問題になる。この記事は前に書いた「世界をどう認識すれば有益か」の事例かな。

 薬は用法を守って副作用に注意してつかいましょう。って話かな。”副作用”とは現実との状況の乖離具合。”用法”とはその正確さを適切に判断して過剰評価しないことだろうな。社会批判チックに言うと、安易な単純な構図が蔓延してる気がするなあ。この言説自体単純な図式だけどw

 冒頭で書いた男女間の悩み相談の話はある程度正しいかもしれない。でも、それを信じすぎると、女の子から相談を受けたとき「うんうんだけじゃなくて、どうしたらいいのか考えてよ!」と言われるかもしれない・・・・そんな機会ないから、まあ、いいかw
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Comment
この記事へのコメント
[どこまで定義するか]
興味深いですね。面白い話です。

僕はこのエントリを「用語の適切な使い方」「現実に即した前提の設定」「適切な推論」の3つを使って実際に使える結果を導き出そうとしていると読み取りました。

最後の「適切な推論」というのは論理学がカバーしてくれる領域なのですが、これは、「前提はなんでも関係ない。推論の展開の仕方が、推論として間違っていないか」ということだけを扱っているのでこのトピックには論理学だけでは対応できませんね。必須ではありますが。

さて、「用語の適切な使い方」「現実に即した前提の設定」ですが、これは難しい。普段僕達が使う用語というのは歴史的にいろいろな意味、側面を持たされて、単一の意味だけを持つ単語は今、そうそうありません。ほとんどの単語が2つ以上の意味を持たされています。

だからおっしゃるように、用語の定義領域を注意して決める必要があるように思います。それぞれの意味する領域をまたがない、単一の意味の単語が使用できれば良いのですが、なかなかそのような言葉というのは見つかりません。日常会話でつかう言語を利用しているからでしょうか。そういうときには、慣習とか文化とかが足枷になるのですね。不思議なものです。
2006/ 10/ 20 (金) 07: 22: 42 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
[]
komatsunaさんのコメントを僕なりに読み取ると、論理学は推論をカバーできるけど、前提の部分を検証する方法論ではない。そこで「現実に即した前提」。「適切な用語の使用」は前提、推論ともに必要になってくる。でも、単語の性質からそれは難しい、という内容だと思いました。

その点、この記事で想定している対象はファジーなものまで広がります。この記事のシンプルな図式とは、論理式のようではなく、真か偽か明確に判別しにくいものも多くふくまれるでしょう。厳密な正確さを追求すれば、確固な前提と適切な推論が必要になりますが、その考察のコストと適用範囲を考えると曖昧でも実用性を優先する場面もあると思います。

そこで・・・・この記事に実践的な意味があるとするなら、今書きながら思ったことですが、シンプルな図式をカスタマイズするときを対象にしているのかもしれません。

komatsunaさんのコメントのような理論サイドからのアプローチで正確さを測れないとき、経験則やほかの図式との関係性の問題になるのではと思いました。
2006/ 10/ 23 (月) 17: 32: 39 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[]
論理学の中にはファジーな論理もあるようです。論理学というと僕は「真」と「偽」しかないように考えてしまいますが、別の公理系では「真」「偽」「分からない」の3値に対応させた3値論理というのが存在します。

更に4値論理などの多値論理というのも研究されているようです。ちなみに「真」「偽」「真らしい」「偽らしい」に4値を対応させている研究もあるみたいです。

ひょっとしたらぶらうざさんがおっしゃっていることをこれらの枠組みを使って表現できるかもしれません。ちょっと今はぶらうざさんの意図を読め切っていないのでできないのですが。

実は理解できないところが2箇所ほどあるのです。下記2ヶ所は、理解しているつもりにもなれない、想像すらできないという状況です。

> シンプルな図式をカスタマイズするときを対象にしているのかもしれません。

> 経験則やほかの図式との関係性の問題になるのではと思いました。

もしよければ、もうちょっと説明していただけませんか?説明していただけるととても嬉しいのですが。
2006/ 10/ 23 (月) 23: 07: 49 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
[]
喜んで説明しますよw

この記事に限った話題ではないですが、ブログのコメントの利点の一つって著者に説明を求められることだと思います。雑誌や書籍ならば読後に直接コンタクトを取るのは難しいですが、ブログならコメント欄が使えますからね。

>論理学というと僕は「真」と「偽」しかないように考えてしまいますが、別の公理系では「真」「偽」「分からない」の3値に対応させた3値論理というのが存在します。

僕は「真」と「偽」しかないと思ってました。3値論理や4値論理っていうのもあるんですね、勉強になります。というか論理学自体、漠然としたイメージでしか理解していないのですが(汗)
3値論理や4値論理だと応用できる範囲が広がりそうでいいですね、より論理展開が難しくなりそうな気もしますが・・・

>実は理解できないところが2箇所ほどあるのです。下記2ヶ所は、理解しているつもりにもなれない、想像すらできないという状況です。

いや、ご指摘いただいた2点が分かりにくいというのは、逆説的ですがよく読んで下さっていると感じます。というのも、komatsunaさんの最初のコメント単独ではある程度意味が分かるけど、記事と対応させて考えると関係性がうまくまとまらなかったんですよね、僕の中で。もちろん記事と対応はあると思ってますが。だから、僕の前のコメントの前半をコメントの返信部分とするなら
>そこで・・・・この記事に実践的な意味があるとするなら、~
以下は自分の考えを無理やり押し込んだ感がありましたから。文脈をある意味逸脱しています。分かりにくいのも当然かも。

今度は、自分の中で関係性を把握するためにkomatsuna さんのコメントから、書いてない部分を憶測してみます。違ってたらぜひ教えてくださいね。

komatsuna さんの考えでは『実際に使える結果を導き出そうとしている』のは前提→結論というプロセスを想定しているのではないかと(憶測です)論理学詳しくないので単純な三段論法の例しか出せませんが
------------------------
 男性は論理的である(大前提)
 ぶらうざは男性だ(事例(小前提?))
 ぶらうざは論理的である(結論)
-----------------------
上記のように。この三段論法を正しくするためには「現実に即した前提の設定」により前提部分を正しくすること。ここでは『男性は論理的である』の部分ですね。「適切な用語の使用」により『男性』『論理的』『ぶらうざ』の使い方を検証することで前提、推論を正確にすることに寄与するそのような思考を憶測してみました。
その思考上では、本記事の「女性=感情的」「男性=論理的」は結論部分であって、『実際に使える結果を導き出そうとしている』とは結論部分を正確にするための方法論として捉えられてるのではないかと。


僕の場合、とりあえず「男性は論理的である」など原則的な言及などをある種の”図式”として捉えることが多いんですよ。日本語的に正しいか分かりませんが、”図式”という言葉がしっくりくるので。


そして、記事の事例である「男性は論理的である」という言説を散見しますが、この根拠は女性男性の脳の性質の違いや、原始時代に女性はすみかに居て、男性は狩りに出ていた等がよく見ます。ただ、これらの根拠が「女性=感情的」「男性=論理的」という図式を立証する厳密な論理展開を行っているかといえば、疑問があります。僕としてはこの図式がいきなり出てきた印象です。むしろ、いきなり図式を先行させて、図式を検証するのは僕の思考の癖なんです。書きながら、やっぱり「前提→結論の論理展開の過程」も「女性=感情的」「男性=論理的」の事例だと当てはまってくるような気もしてきましたが。

たとえば「疑問→答えの流れ」
(http://haiagaritai.blog65.fc2.com/blog-entry-146.html)の記事の中で『「疑問に答えをだすこと」は”理解できない概念”を”理解できる概念”にすること。』とまとめましたが、この”結論”に至るまでに僕の思考プロセスは、「前提→結論という論理展開」ではないと思うんです。僕の思考の癖でよくやるのは、僕が対象に対する関数になって図式を取り出す、y=f(x)/図式=ぶらうざ(対象)というイメージです。直観的に図式を生成します。「対象⇔図式」からとりあえず図式を取り出して、そこからあれこれ考えるんですね、たぶん。帰納的手法に近いかもしれません。しかし、直観的に図式を取り出す操作のなかで、無意識上で前提→図式(結論)もやってるかもしれないです。把握してないですが。

だからものすごく大雑把にいうと、komatsunaさんのコメント は演繹的手法から、僕は帰納的手法からの見解になるんでしょうか?(あくまで憶測上ですが)

いやいや、僕の場合は帰納的手法というより、哲学でいうところの「構造主義」「記号論」に近いと言ったほうが適切かもしれません。「構造主義」も「記号論」も正確には理解してないのでまったく自信がないですが。


そこで
> シンプルな図式をカスタマイズするときを対象にしているのかもしれません。

これは図式を吟味するとき、図式と対象との対応を計って、図式を作り変えるときの僕のパターンで、この場合だと「女性=感情的」「男性=論理的」の図式を改造するときの指針として「定義領域の設定の問題」「設定した定義に適用可能なのか」「定義領域間の関係」を考慮してたとえば「感情的」「論理的」を「曲線的」「直線的」に変えたりして、「女性の思考=曲線的」「男性の思考=直線的」の図式の方が適切ではないかと変えることですね。(この変え方が正しいかどうかは分かりません、あくまで例として)記事ではその方法論にスポットを当てていると言えるのではないかと。


その図式と対象との対応を計るやり方はというと

>経験則やほかの図式との関係性の問題になるのではと思いました。

経験則といっても自身の経験だけでなく、他の人の経験や知識から「女性=感情的」「男性=論理的」が対象事象を反映した図式なのかチェックする。これは程度問題ですけどね。

それと”ほかの図式との関係性”とは
たとえば「疑問→答えの流れ」
(http://haiagaritai.blog65.fc2.com/blog-entry-146.html)の記事だと、この前の「究極の疑問」の記事の中でkenさんが
「疑問という物を僕なりに考えると、まず仮定とも言える漠然とした答えが出るのではないか?と考えます。それを例えば、目的や目標として捉え、そこへ向かっていく過程が方法論で、これこそが疑問の根底にあるのでは?と思います。」とコメントを残してくれてますが、僕の認識ではこれも図式と捉えるわけです。「(疑問→結論=仮定→結論)⇔目的に向かう方法論」というような具合で。そこでkenさんの図式と比較して考えてました。やはり、これらは構造主義的手法に近いんですかね?

そこで記事で想定しているシンプルな図式とは「教養を身につけるのは大事だ」や「女の幸せは結婚にある」「感謝の気持ちと謙虚さが大事」「努力は絶対裏切らない」の類のものです。これらもバイアスがかかった僕の認識の世界ではシンプルな図式となってます。「前提→結論(図式)」を経由してない印象を受けたので直観的な図式が先行していると思って書いてましたね。

くどいようですが、komatsunaさんのコメントから憶測した上で書いてます。僕の前のコメントでファジーって書いたのも図式自体のファジーさもそうですが、図式を生成するプロセスもファジーという意味も一応こめられています。komatsunaさんの最初のコメントから具体的な思考プロセスまで把握できなくて、その思考プロセスとの関係性をイメージできなかったので、”ファジー”って言葉で明言を避けた、ある意味逃げですねw

憶測上で関係性をまとめると、直観的に図式を取り出す操作(僕は無意識の部分ですが)に実は推論が潜んでいて、「現実に即した前提の設定」「適切な推論」の重要性と関連するかもしれません。あと、生成された図式を吟味する道具として3値論理や4値論理も有用になるかもしれません。「用語の適切な使い方」は全体の流れに絡んでくるでしょう。


憶測や”かもしれません”という言葉が多くなってますが、komatsunaさんのコメントが記事に対してどのような思考プロセスを経ていたのか、把握できてないためでもあります。アウトプットされたコメント自体の意味は理解したつもりですが。

実際、どのように考えられていたのか良かったら教えてくれませんか?
2006/ 10/ 24 (火) 02: 12: 11 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
[すばらしい]
こんな丁寧に説明していただいてありがとうございます。書いてある内容を大分トレースできたような気がします。僕のぶつ切りのコメントは、ぶらうざさんが推測された通りです。すばらしい。

いろいろ更に質問したり、こちらも説明したいのですが、ちょっと時間をくださいませんか。今、興奮しすぎてますので。先のコメントを書いたときはどう考えていたのか、またあとでコメントさせていただきます。

とりいそぎ、報告まで。
2006/ 10/ 25 (水) 00: 25: 23 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
[これはまた丁寧に]
ご報告どうも。

先のコメント、長いわりには内容が伝わりにくいこもしれないと懸念していましたが、何か伝わったようでよかったです。

続きは、いつでもどうぞ。
待ってますので。
2006/ 10/ 25 (水) 01: 40: 20 | URL | ぶらうざ # -[ 編集 ]
[何を考えていたか]
先のコメントにも書きましたが、ほとんどぶらうざさんが想像した通りに僕は考えていました。もう一度、すばらしい。

最初にぶらうざさんのこのエントリを読んだとき、頭に浮かんだのは「どうやって実際に使える結論を論理学で引き出すか」でした。これはぶらうざさんのエントリの主点から明らかに外れているのですが、なぜか自分の頭の中で1つ2つジャンプして「ぽっ」と浮かび上がりました。この自分の頭の中にある不思議なギャップを埋めたくて、ぶらうざさんとの対話の中で、ギャップを埋めるものが無いかと探すためにコメントしたわけです。結果は埋まりませんでした。残念なことです。

ですが、自分の思考パターンを一つ思い出しました。僕は、ぶらうざさんが言うところの「前提->結論」という演繹的な思考パターンをいつもいつもしているわけではない、ということです。

僕も図式をぽっと思いつくことがあるのです。たまにですが。どちらかというと僕はそういう図式を思いつきにくいほう、勘の悪い方だと思います。なかなかその周りのヒントをもらっても、その図式を察することができません。まぁ、それはそれでいいのですが。

対して、「前提->結論」というのは、誤解を恐れないで言えば、どんな人間でもできることです。結論を得るために必要な情報は前もって全て用意してあるのですから。だからこれは、どんな人間でも、ある程度の訓練をつめば、ある程度の熟練度にはなるのだろうと思っています。決められたルールを運用するだけですから。

で、自分は現在、意識的に「前提->結論」の思考様式を使っています。図式を思いつくのは意識的に思いつけないので。それを思いつく方法を一つでも自分のものにすれば状況は変わるとは思いますが。そういうわけで、「前提->結論な思考様式が通常稼動していて、たまに偶然図式が浮かび上がります。

今回はぶらうざさんのエントリを読んで、その図式が偶然浮かび上がりました。でも、どうしてそんな図式を思いつくにいたったのか、いつもの自分の「前提->結論」思考様式では理解できなかったのです。そこのギャップを埋めるためにコメントしたわけです。

ですから、僕の始めのコメントも記事からズレた話題が展開しているのかもしれません。ずれていないと信じたいのですが、今でも「ずれていない」とは証明できませんので。その点はぶらうざさんに謝らなければいけません。余計なことを考えさせてしまいました。

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図式、という表現が最初は「ん?どういうことだ?」と思いながら読んでいたのですが、コメントを返していただいたとき、やっと僕の中で図式の候補が1つ浮かんできました。図式とは、何かしらの一つのアイディア(例えばpならばq)を表現した図、もしくは表のようなものじゃないでしょうか。それなら僕も心当たりがあるのですが。

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> シンプルな図式をカスタマイズする

という表現を説明していただいたときに、僕とぶらうざさんの考え方の違いを見つけることができました。僕はやっぱり理詰めで、ぶらうざさんは感性で考えているのかも知れません。

ぶらうざさんがおっしゃられているように、シンプルな図式をカスタマイズしようとしたときに、
> 「感情的」「論理的」を「曲線的」「直線的」に変えたりして
というような置き換え方をススッと考えつくのです。思いつくというべきでしょうか。定義領域の関係、という思考のバックグラウンドに物を言わせて。センスといっても良いと思います。そしてその都度定義領域が適切かを確認していると予想しています。

対して、もし僕が同じようにシンプルな図式をカスタマイズするときにはおそらく違った方法を取るでしょう。思いつく形容詞に"非"を付けて、できる限り多くの候補をまず探そうとするでしょう。論理的-非論理的、感情的-非感情的・・・などと。そして、あとから絨毯爆撃のようにしらみ潰しに条件をチェックしていくでしょう。そこには何のセンスもありません。情報処理能力にものを言わすわけです。わずかばかりの。

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>憶測上で関係性をまとめると、直観的に図式を取り出す操作(僕は無意識の部分ですが)に実は推論が潜んでいて、「現実に即した前提の設定」「適切な推論」の重要性と関連するかもしれません。あと、生成された図式を吟味する道具として3値論理や4値論理も有用になるかもしれません。「用語の適切な使い方」は全体の流れに絡んでくるでしょう。

この段落については全て同意見です。

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はずかしながら、僕は構造主義的手法というものを知りません。知りませんが、もしそれが、「そのプロセスを形作る要素と要素との関係に注目し、類似点、相違点から何かしらの知見を得ようとしているもの」なら、僕やぶらうざさんが今していることは構造主義的手法といえるんじゃないか、と思っています。

いや、本当に丁寧な説明ありがとうございました。丸1日時間を置いて読んでもゾクゾクします。
2006/ 10/ 26 (木) 00: 40: 17 | URL | komatsuna # VWFaYlLU[ 編集 ]
[]
今回感じたのは、思考のプロセスって目に見えないものだけど、人それぞれ違うものだなあ、と。

僕にとって”図式”という言葉は自然なものですが、別の人にとっては分かりにくい概念だったかもしれません。

>図式、という表現が最初は「ん?どういうことだ?」と思いながら読んでいたのですが、コメントを返していただいたとき、やっと僕の中で図式の候補が1つ浮かんできました。図式とは、何かしらの一つのアイディア(例えばpならばq)を表現した図、もしくは表のようなものじゃないでしょうか。それなら僕も心当たりがあるのですが。

↑の解釈で差し支えないですよ。

>対して、もし僕が同じようにシンプルな図式をカスタマイズするときにはおそらく違った方法を取るでしょう。思いつく形容詞に"非"を付けて、できる限り多くの候補をまず探そうとするでしょう。論理的-非論理的、感情的-非感情的・・・などと。そして、あとから絨毯爆撃のようにしらみ潰しに条件をチェックしていくでしょう。そこには何のセンスもありません。情報処理能力にものを言わすわけです。わずかばかりの。

逆に僕は↑のような思考は慣れてないし、なかなかできないでしょう。


知らず知らずのうちに皆それぞれ固有の思考パターンを持ってるのかもしれませんね。僕もブログを書いてて、自分の考え方がある程度パターン化していることに気づきました。
2006/ 10/ 27 (金) 17: 48: 45 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
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