絶望からスタートするブログ
基本的に独り言です。自分による自分のための言葉です。気分を害される方は読まないことをお勧めします。あなたの気を悪くすることは僕の本意じゃないので。
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2006年 07月 30日 (日)

僕は考えを否定されること、恐れていた。
意固地になっても守り続けないと、何かが壊れる気がしたから。

でも、恐れる必要はなくなった。
どんどん否定されればいい。それを謙虚に聞けばいい。

否定意見を論理的な側面から、分析する。
どういう人格でどういう意向で否定しているのか、分析する。

そして、取捨選択する。
自分が一生懸命考えた意見、きまぐれの否定だけで、曲げる必要はないから。

否定されることで、考えは醸成されていく。

恐れていた否定。

不思議なことに否定されればされるほど
僕の考えは確固なものになっていった・・・
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この記事へのコメント
[]
俺がどんなに正論を吐いても
ニートなので説得力がないらしいです。
別に何も言っていないのにそう親に言われました。

ためしに
「最近の政治家の人気ってルックス重視で決まってんじゃね?」
とかキモい事を言ってみたら
生ゴミを見るような目で見られました。

つまり正論かキモ発言かは目を見て話せば分かるということらしいです。
そして会話の相手が完璧に0になりました。
2006/ 08/ 01 (火) 00: 20: 37 | URL | はむ # I9hX1OkI[ 編集 ]
[孤独]
個人的にはニートの人が社会に対する意見もいいと思います。働いてない人の視点があってもいい。windowsを改良しようと意見を聞くときにwinユーザーだけじゃなく、macユーザーの意見も聞いたほうがいいじゃないですかね、OSを良くする為には(あまりうまい例えじゃなかったかも)こういう考えは少数派かもしれませんが。

今回の記事の観点からすれば、意見に対する否定じゃなくて意見をいう立場に対する否定ですよね。立場が違う人が言ったら、肯定されたかもしれない。だったら、その意見は持っててもいいんじゃないですか。伝わらない相手には無理に伝えなくても。

僕は友達が少ないほうですが、浪人時代周囲と連絡を絶って、会話は家族だけでした。家族と会話しなくても平気だったと思います。証明する方法はないけど。孤独は居心地がいいけど、たまに妙な不安にかられたりしました。自分を担保するものがない気がして。でも、今も一番の親友は”孤独”です。
2006/ 08/ 01 (火) 01: 37: 13 | URL | ぶらうざ # 3xs9owas[ 編集 ]
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